ふわり、意識が浮上した。

腕の中で、もぞもぞと何かが動く。ぼんやりとした頭のまま引き寄せると、それはぎゅっとしがみついてきた。

「晴明、」

薄目を開くと、予想通り彼がぴったりと身体を寄せていた。
いつもは低い体温が、心地よく暖まっている。なんだか嬉しかった。

「晴明」
「博雅…」

呟くように、彼は言った。
厳しい冬から、春に移り変わる時。
ぽかぽかと暖かい日があると思えば、冬に逆戻りしたかのように冷え込む日もある。
芽吹きの季節を待ち望む人々をからかうように、気候は変化する。若く気まぐれな女神の手に、季節を司る時計が託される時である。

そんな彼女の悪戯か、今朝は特に空気が冷たい。
睡魔の誘惑を振り切るようにして博雅は、もう朝か、と呟いた。

「…いや」

腕の中の彼が、ぽつんと言った。
ん、とその顔を覗き込む。
目を閉じたまま、それでも僅かに笑っているような口が、言葉を紡ぐ。

「違うぞ、博雅」

はて、何が違うというのか。博雅は首を捻る。
紅い唇がほう、と息を吐く。閉じる。
続く言葉を待ってみたが、それきり彼は黙ってしまった。
寝たのかな。そう思って見詰めていると、その口がまた小さく開かれた。

「…まだ、夜だ」

やわらかな光が障子を通して溢れ、室内に散らばっている。
もう太陽は、一日の始まりを告げている。時間からしても、明らかに夜は明けているだろう。
でも、彼は未だ、夜だと言う。

夜だと、言うのならば。

「…そうだな」

寝乱れた髪が、いとおしい。

「まだ、夜だ」

今が夜なら、こうやって寝ていることが許されるのだ。
この空の下、みんなが眠っている時間だから。

なんだかおかしくて、二人で笑い合った。
誰も起こさないように、小さい声で。

ぎゅうと彼を抱きしめる。
二人いっしょに、もう一度夢の間へと漂って行こう。
波間に浮かぶ、月の船を目指そう。

やさしい夜は、いとしいあなたと。

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