「――――だから、おぬしには、あの男をどうにかしてもらいたい」

深く頭巾を被った男がやって来た時から、嫌な予感はしていた。女に溺れ、職務を疎かにし、煌びやかな表舞台から転落しかかっているその男。人々は今や、嘲笑と共にその名を口にした。彼の焦りと不安は怒りに形を変え、やがて明後日の方向に向けられた。

「わしがかような目に合っているのも、全てあの男のせいなのだ。あやつめ、裏から手を回し、根も葉もない噂を信じ込ませたのだ。――――晴明どのもお聞き及びであろう。あれは、真っ赤な嘘なのだ」

「さようでございましょう。しかし、昌道さま」

話しながら、手に持った扇子を、ぱちりぱちりと絶え間なく開閉させている。その親骨の漆塗りが剥げかけているのを視界の端に捉えながら、晴明は口を開いた。

「源克徳さまが、かような噂を流したというのは、確かでございましょうか。あのお方がそのようなことをするようには、到底思えませぬが――――」

「あの者に間違いない。わしの聞こえが悪くなったとき、いちばんに得をするのはあやつじゃ。あやつを置いて他におらぬ」

藤原昌道は、ぎらぎらとした目で晴明を見た。白目がひどく充血している。

「おぬしには分かるまいよ。わしらほどになれば、今持っているものを守るだけでも、相当に気を張っておらねばならぬのじゃ。況やそれ以上のものを求めるならば、ことさらに労せねばならん。

物を贈り荘園を贈り、必要とあらばたとえ醜女であっても足しげく通い、娘には言い含め男に嫁がせる。そのようにしてわしは、ここまで上り詰めてきた。おぬしなどには――――」

そこまで言って、昌道は口を噤んだ。決まりが悪そうに扇子を閉じると、ごそごそと袖の内に仕舞い込んだ。春の盛りも過ぎたにも関わらず、彼が厚物を着ていることに晴明は気付いた。

「そういうことであるから、晴明どの、おぬしには早急に、あの克徳に灸を据えてもらいたい。どのような方法でも構わぬ。病でも狐憑きでも、何でもよい。とりあえず、あの者が当分の間、屋敷から出られぬようにしてもらいたい。何なら、」

昌道は辺りを見回し、声を潜めた。

「いっそ、殺してしまってもよい」

「昌道さま、」

晴明は、声を張り上げた。

「今のお言葉、聞かなかったことにいたしましょう。そして、克徳さまについてですが」

言葉を選びながら、晴明は続けた。

「わたくしには、あのお方が昌道さまの立場を悪くされたという確証が持てませぬ。もしもこれが何かの行き違いであれば、克徳さまだけでなく、昌道さまさえにとっても、不幸なこととなりましょう。ですから今は何か、他の方法で」

「おぬしはわしが間違っていると申すか?わしの思い過ごしであると?」

これでは恫喝だ。晴明は内心、溜め息をついた。このような手合いが一番困るのだ。そのように簡単に人を不幸にすることなどできないし、してはいけないのだ。

人を呪わば穴二つ。考えなしに呪を用いれば、やがて自分に返ってくることを、晴明は嫌というほど知っている。

「晴明どの。おぬしにとっても、悪い話ではないはずじゃ。成功した暁には、おぬしには特別に便宜を図るようにしてやろう。今後内裏では、おぬしが困るようなことは無くなるであろう。

そうなるためには、な。今は、おぬしの力が必要じゃ。協力してはくれぬか」

濡れ縁に手を付き、ずい、と昌道は迫ってきた。自分の立場を保障すると言った、今の彼にそのようなことができるはずもなかった。政敵を一人倒したところで、彼の立場が変わろうはずもない。

人の心が離れてしまった今、よからぬ噂が広まり、彼の立場が更に悪くなることは明白だった。

「申し訳ございませぬ。そのようなこと、今わたくしには致しかねます。先程申しました通り、それは昌道さまのためにござります。とにかくあなたさまの為すべきことは、今はご自身をお守りすることでございます。ですから――――」

「ええい、話の通じぬ!」

激昂した昌道は膝を立て、晴明の頬を張った。ぱん、と乾いた音が響き、立ち尽くした昌道は、興奮のあまり息を荒げていた。

「立場を弁えよ。わしがかような所に足を運び、頭を下げているというに、何とけしからぬ態度よ。そのようにわしを愚弄するならば、こちらにも考えがある。以降せいぜい気を付けよ。口を慎むがよい」

席を蹴り、昌道はずかずかと立ち去りかけたが、廊下の端でくるりと振り向いた。

「このこと、人に漏らしたりすれば、承知せぬぞ。晴明どの」

愚かしい捨て台詞を吐き、昌道は立ち去った。晴明は柱に背を預け、ぼんやりと空を見上げた。叩かれた頬が、じんじんと痛んだ。

彼の脅しについては、全く心配していなかった。彼はもはや内裏においては、何の力も持ってはいない。本人があのような様子では、放っておけばやがて坂を転がるように落ちぶれていくだろう。

 人にものを頼みに来てあの態度か、と晴明は思った。捨て台詞を思い出すと、思わず笑いそうになった。後ろめたい頼みならば、それを口外されたくないのであれば、相応の態度で臨めばよいのに。

 それも仕方のないことかもしれない。晴明はほうと息を吐いた。中納言である彼と自分とでは、身分に大きな隔たりがある。彼にしてみれば、自分が依頼を断るなど、思っても見なかったことだろう。

 それにしても理不尽だ。晴明は目を瞑った。このようなことに慣れっこにはなっていたが、やはり熱を持った頬は不快だった。

―――――おるかな、晴明。

頭の中に声が響き、晴明は目を開けた。一条戻橋からの知らせが、このところとみに増えていた。あるときその依頼に応えた後、再び屋敷を訪れ丁寧に礼を述べた彼は、頬を赤くして、友になってほしいと告げたのだった。

が楽しいのか屋敷に足繁く通う博雅にほだされ、いつしか彼とは酒を酌み交わす仲となっていた。

「来たぞ、晴明。いるか」

のしのしと廊下を歩いてきた博雅は、機嫌よく濡れ縁に腰を下ろした。

「返事も待たずに入ってくるのだな、おまえは」

「門が開いているということは、おまえは邸にいるということであろう」

「まあ、そうだな」

「しかしまあ、おまえはいつも…」

不自然に途切れた言葉に顔を上げると、じっとこちらを見詰める視線とかち合った。

「その顔、どうしたんだ。誰かにやられたのか」

「ああ、これか」

晴明は、左頬に手を当てた。男の力で張られたのだ。跡が残ってしまっているのだろう。どうにかして隠しておけばよかった。

「少しな。大したことではない」

「痛かっただろう。誰にやられたんだ」

怒った顔をして、博雅は言った。口外はするなと言われていたし、そうでなくとも、このようなことを彼の耳に入れるのは、何だか忍びなかった。

「気にするな。大丈夫だよ」

「…言えぬのか」

悲しそうな声。そんな博雅の様子を気に留めてもいないように、晴明は蜜虫を呼びつけた。

「おまえが悲しむことでもなかろう」

「…でも」

「言えぬということではない。言う必要がないのだよ。ただそれだけだ」

横顔のみを見せたまま、晴明は言う。言葉に詰まった博雅に、そうして彼はふっと微笑んだ。

「そんなことより、酒でも飲もう。何ぞ面白い話でもあるのではないか、博雅―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よろずのことをとつとつと話していると、ぽつ、ぽつ、と草の葉が揺れだした。おや、と思う間もなく、ざあざあと音を立てて地の色が暗くなっていく。二人はその様を黙って眺めている。

湿った土のにおい。春だというのに、その雨脚はひどく強い。

「そういえば、昔な」

ふと博雅が口を開いた。

「うん」

「おれがまだ、小さかったころのことだよ―――――」

同じような雨の日であった。こんな天気では外にも出たくなくなるし、川が氾濫することだってある。必要なものではあるが、雨ばかり降るのも困り者だ、屋敷で皆で集まって、確かそんな話をしていた。

「でも、先だっての大雨のあと、とても大きな虹が鴨川の向こうに掛かっていましたのよ。それはきれいでしたわ――――」

屋敷に仕える女のなかではいちばん年若な彼女は、夢見るようにそう言った。そのうっとりした口調に、博雅は彼女の顔を仰ぎ見た。

「にじ?」

「ええ。見たことがおありではないですか?なんと言えばよいのかしら。…空に掛かる、いろんな色の、橋のようなものを」

「見たことないぞ。どうやったら見られるのだ」

「雨のあとに現れて、少し経つと消えてしまうのです。だから、いつも見られるというものでもないのですよ」

「いつ見られるか、分からないのか」

「分かればよいのですけれど。でもきっと、待っていればそのうちに、博雅さまにも見られると思いますわ。とってもきれいな虹が」

「そのうち」をおとなしく待つことなど、好奇心のかたまりである幼い博雅にできるはずもなかった。ある日の雨の切れ間を縫って、博雅は屋敷を飛び出した。虹が見たいのだ。外に出たい鴨川のほうまで行ってみたい、そう家の者にも言ったのだが、なりませぬ、またすぐに降りましょうから、そうあっさりと却下され、むっとした博雅は半分意固地になっていた。早くしないと虹を見逃してしまうかもしれない。鴨川までの道ならきっと分かる。家のものに連れられて、何度か訪れたことがあるのだ。

大きな木が板塀の向こうに見える、あの四つ角を左に曲がるのだ。博雅は足を緩めることなく路地を駆けた。

「うわっ!」

目の前に牛の頭が現れて、博雅は急停止した。牛車を御していた男が、泡を食ったように怒鳴る。

「危ないだろうが!何をしておるのだ!」

「す、すまぬ!」

男の剣幕に恐ろしくなって、博雅は後も見ずに逃げ出した。残された男はあっけに取られた。随分と身なりのいい童のようだったが、供のものもおらず、なぜたった一人でいたのだろう。首をかしげたが、その童が脱兎のごとく逃げてしまったのだからどうしようもない。やがて牛車は再び、のろのろと動き出した。

そのころ、いくつかの角をやみくもに曲がった博雅は、ようやく足を止めた。

「ふう…」

あの男が後を追ってこないのを確かめて息をつく。心臓が激しく脈打っている。あんな風に人から怒鳴られたのは初めてだった。

落ち着かぬままに辺りを見回せば、知らぬ通りに来てしまっていた。今来た道を引き返せばきっと元居たところに戻れるのだろう。しかしあの男に再度出くわすのはどうにも避けたかった。

「…ゆくか」

この道をまっすぐゆけば、鴨川に近づける気がする。あやふやな記憶を頼りに歩き出した博雅が道に迷ったと気づくまでに、そう時間はかからなかった。

「―――――迷子になったわけか」

口の端に笑みを浮かべ、晴明が言う。

「ああ。今思えば当然だがな」

「そのあと、どうなったのだ」

「家のものが探しに来てな。見つかって、連れ戻された」

再び雨が降り出して、どうすることもできず軒下でぐすぐすと泣く博雅を、傘を差した下男が見つけたのはしばらく経ってからのことだった。

「叱られたろう」

「ああ。大目玉を食らったよ。…でもな、あの侍女が後でこっそりとやってきてな。若君は、わたくしの話を聞いてから行ったのでしょうと言われたのだ」

「うん」

「そうだと言ったら笑っていたよ。次からはわたくしが一緒に行きます、だからおひとりで外に出るのはどうかおやめくださいと」

「一緒に行ったのか」

「行ったとも。また別の日の雨上がりにな。はて、何度目であったか。…そのときようやく見られたのだよ。きれいな虹が」

「ふうん」

しみじみと思いにふける博雅を、晴明は面白そうに眺めている。家人の言うことも聞かず屋敷を飛び出してしまうような童が、立派な大人になったものだと思う。

とはいえ未だに供の者も連れず、笛を吹くためだけに夜半にふらりと出かけてしまうあたり、実のところ何も変わっていないとも言えるが。

「おまえは、覚えてはおらぬのか」

「おれ?」

こっそりと不遜なことを考えていた晴明は、己にかけられた言葉に面を上げた。

「初めて虹を見た時のことだよ。いや、そうでなくともいい。何か幼いころの思い出とか、何かをして怒られたようなこととか」

晴明は黙って酒を注いだ。期待に満ちた目で問われても、その問いに答えることなどできないのだ。あの混沌とした日々を思い出す。何色もの色がまじりあったような、しかし虹のように美しいものではない日々。

陰陽道の理を、此岸と彼岸の間を歩くことを、甕の水を移し替えるようにそっくり師から教え込まれたあの頃。いつの日からか、人からは好奇と色目と、得体のしれないものを見るような目で見られるようになっていた。

恐ろしかっただとか、痛かったなどということはいくらでもある。人は絶望に慣れることなどないのだと知っている。しかしそれを、そのことを悟った日々を博雅に語ることはできない。

楽しかった、きれいな思い出。彼のようなあたたかな逸話などほとんど思い浮かばないが、一つ心に残っている光景がある。

ゆっくりと開く花弁の色。あれは確か桔梗であった。師から教わった呪を初めて唱え、固く閉じた蕾にそっと触れた。綻ぶように開いた青紫が、確かに美しかったことを覚えている。

今思えば所詮は只のまやかしに過ぎないのだけれど、そのときは花が自分に応えてくれたようで、ひどく高揚したのだった。

あまりにささやかな、一片の思い出。ふと視線を上げると、博雅がわくわくした様子でこちらを見つめている。このことを彼に伝えるのは何となく躊躇われて、晴明は視線を逸らした。

「…さあな。忘れてしまったよ」

「嘘だ。今なにか思い出していただろう」

間髪入れずに言われ、晴明は内心で舌打ちする。こんなときばかりこの男は敏い。

「知らぬ。忘れたものは忘れたのだ」

「こら、晴明。嘘をつくなよ」

「よいであろう、おれのことは別に」

言ってから、しまったと思う。博雅に悪気はないのだ。このような言い方をすべきではなかった。

表情を変えぬ努力をしながら、そっと彼の様子を窺い見る。唇を尖らせ拗ねたような表情を浮かべていたが、とりわけ気分を害したような様子もない。

「おれだって、おまえの話が聞きたいのだ」

「そうか」

「ああ。おまえのことがもっと知りたいのだよ」

「―――――ふうん」

至近距離から心を覗かれたような気がして、晴明は努めて自然に目を逸らした。わずかに警告めいたものが心に浮かぶ。

手の内を、視線の先を気取られてはいけない。己のことをむやみに語ってはならない。知られてはならない。本当の名を、その心に浮かぶ思いを。

叩き込まれたその教えを、彼はいとも簡単に突き崩そうとしてくる。彼自身にはそんな気は無いのに。

越えてはならない境界線があるかのように、晴明はわずかに身を引いた。博雅が口を開きかけたそのとき、ざあっ、と雨脚がひときわ強くなる。思わず二人してそちらを見遣った。

「…強くなってきたな」

どこか救われたような気持で、晴明は口にした。

「ああ。まいったな」

「おまえ、帰れるのか。この雨の中」

「うーん、まあ…帰れぬということはない」

「風も強くなってきたようだな」

「…そうだな」

困ったような、でもどこかのんびりした様子で、博雅は空を眺めている。

「…泊ってゆくか」

「いいのか?!」

瞬時に振り向いたその目が、童のようにきらきらしだす。その勢いに若干引きながらも、ああ、と晴明は頷いた。

「おまえがよいならな。おれのほうは、別にどうということはない」

「じゃあ泊ってゆく」

「そうか」

おまえの邸に遣いを送っておくか、晴明はそう呟いた。

「この雨の中をか」

そう心配した博雅に、晴明は微笑みかけた。

「大丈夫だよ。濡れても平気な者を遣るさ」

「な、なんだ、それは。誰を遣るつもりなのだ」

「どうするかな。蟇蛙にでもやらせるか」

「お、おい、晴明。頼むから、おれの家の者の腰を抜かさんでくれよ」

「ふふん」

「こら。聞いておるのか、晴明」

「さあな」

博雅の心配もどこ吹く風、さて誰を遣るかな、そう晴明は楽し気に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか、不思議な感じがするな」

別の間にそれぞれの床を用意しようとした晴明に、同じところでいいではないか、と言い、几帳をも取っ払わせた博雅は、長々と身体を伸ばしにこにこしている。

「おまえの顔を見て話をしたいのだ」

そう臆面もなく言われては、無下に断れる晴明ではなかったのだ。

枕の感触が違うとか畳の匂いが違うとか、なんだかんだはしゃいでいた博雅だったが、晴明の顔を見てふと眉を下げた。

「どうした」

「…まだ少し、腫れているな」

伸ばされたその指が、そっと晴明の頬に触れる。そこから伝わる熱に僅かに怯みながらも、晴明は黙って瞬きをした。

「どうすればよいのであろうな」

「何がだ」

「おまえがこんな目に遭わないようにするにはだよ。…誰にこうされたかは、言いたくないのであろう」

「…うん」

「どうするかなあ――――」

「もうよいのだよ。済んだことだ、気にせずともよい」

「おまえがよくてもおれがよくないのだ」

存外に強い口調で返されて、彼がまだ諦めていなかったことを知る。おまえには関係ない、言外にそう伝えていたつもりだったのに。

不快ではないのか、相手に拒絶されることが。

嫌ではないのか、面倒な男に関わることが。

頬杖を突き眉間に皴を寄せながらも、まっすぐにこちらを見つめている男に晴明は戸惑った。

その気になれば彼を突き放し、これ以上踏み込むなと告げることはできる。本当に面倒であれば、彼が自分を遠ざけるよう計らうことなど造作もないはずであった。

しかし心の何処かでは確かに、その言葉を嬉しいと思ってしまっているのだ。

道を違えてはいけない。己の領分ではないものに触れてはいけない。それなのに躊躇いもせずに触れてくる彼を突き放すことが、難しいものになってきている。

かつて絶対であった師の声は、いつか経験を伴って自らのそれとなり、晴明を戒めた。強い力はまた、他の強大なものも引き付ける。そして時にそれは他者を傷つける。

執着しないことこそが、己を、ひいては周囲の人々を守るのだ。―――――けれど。

隣から聞こえてくる寝息が、いつしか深いものに変わっていることに晴明は気づいた。

崩れた頬杖の上で、博雅はすっかり寝入っている。少し口を開けて眠るその顔はひどく能天気で、晴明はふっと力が抜けるのを感じた。かすかに聞こえる雨音が、いい子守唄になったのだろう。

きっと、今だけだ。雨の切れ間のひと時だけ。そのわずかな時間になら、人並みの幸福というものに触れても許されはしないだろうか。

いつかは飽いてくれることを願う。彼は勿論のこと、ともすれば己も。別れの悲しみなど、無いに越したことはないのだから。

燈明皿の火を吹き消すと、室内は闇に包まれた。目を閉じれば瞼の裏に、虹のように色が浮かんでは消えた。

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